コトミのblog

森田ゼミ2期生

すぐ捨てられるレジ袋をどうにかしたい

お久しぶりのブログです。コトミです。

 

今回の内容は、レジ袋削減プロジェクトのことです。

 

以前このプロジェクトについて書いてるブログはこちら⇩

kotokotomi.hatenablog.com

kotokotomi.hatenablog.com

 

11/25〜12/5の2週間、レジ袋削減対策としてセルフサービスを導入し実験をやってみたので、それの振り返りブログです!

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セルフサービスの感想を読んでもらう前に、まずは、大学内で使われているレジ袋について真剣に考えてみてほしいです。

 

 

お昼が終わった後ゴミ箱を見てみると、レジ袋が大量に捨てられているのを見たことありませんか?

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お弁当のゴミなどをレジ袋にまとめて捨ててますね。

私も以前はそうやって捨ててました。(私はもともとレジ袋めっちゃ使ってた人なので…)

 

でもよく考えてみてください。レジ袋でゴミをまとめる必要ありますかね…?ゴミ箱にはすでに大きな袋がついてるので、ゴミを袋に入れずそのまま捨ててもなんの問題もないのです…

 

 

例えばスーパーだったら袋を家まで持って帰るので、そのあと家のゴミ袋として、又は何かをまとめる袋として再利用するかもしれません。ですが、大学内で受け取るレジ袋ってほとんどの人が家に持ち帰ることはなく、再利用する人も少ないです。つまり学内のレジ袋はすぐに、まじですぐに捨てられてしまう。

 

 

だから家庭等で再利用されるスーパーのレジ袋は一旦別物として考えて、"すぐに捨てられてしまうレジ袋"について、この機会に考えてみてほしいなと思います!

 

 

セルフサービスの実施

◎レジ袋削減の策として、なぜセルフサービスにしたのか?

1つ目の理由は、袋を受け取る前に少し考える時間を意図的に作るためです。

セルフにすることで、取らないという選択もあるよねって気付いてもらいたくて。

 

セルフ実施前にレジの様子を観察をしました。観察から、2つ以上の買い物だと自動的に袋に入れられてることに気づきました。かといって、毎回「袋いりますか?」と店員さんに言ってもらうのは、店員さんにかなりの負担を負わせてしまうことになりますよね…

 

これが1つ目の理由です。

 

 

2つ目の理由はレジ袋の印字を見てもらうためです。

↓セルフサービスで使ったレジ袋

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プロジェクトメンバーでめちゃくちゃ考えて、周りの人の意見も聞いた結果「すぐに、ぼくは、ゴミになる」にしました。

 

袋の文字をしっかり見える状態で置いておかないと、学生たちの目には止まらないのでセルフがいいかなと。袋の文字を見て、福岡大学のみんなにレジ袋について考えてもらうことが狙いです。

袋吊り下げるという案もありましたが、吊り下げる場所がなくて断念しました。

 

ほんとざっくりだけど理由はこんな感じ。

 

そして売店の皆様のご協力もあり、セルフサービスの実施をさせていただくことになりました。

 

↓セルフサービスの図

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セルフサービスの実施をしてみて、"袋を取る流れ""取らない流れ"があるなあと気づきました。

前の人が袋を取っていたら高確率で次の人も袋を取ってました。それが顕著に現れたのがピーク時でした。ピーク時は、もうほんと流れるように袋を取っていきます。

ですが出張レジ(お昼のピーク時だけ設置されるレジ)では、1人が取らなかったらその次の人も取らないということがよくありました。また、友達同士で「袋いらんよね?」って会話をしていて自然と袋を取らない流れが出来ていました。集団でレジ袋を断ってくれるのはかなり良かったです。

 

 

学生たちの会話を聞いていると、袋の文字を見て「確かにそうだよね…」とか「だってゴミになるしかないじゃん」など様々な意見がありました。プラスな意見でもマイナスな意見でも私的にはどちらでも良くて、袋の文字に反応してくれたことが嬉しかった。

 

 

反対に、何の反応もなく当たり前のように袋を取っていく人もたくさんいました。心の中では何か思ってるかもしれないけど。

バッグに入る程度しか買ってない人に向かって「レジ袋削減にご協力お願いします」って言っても颯爽と袋を取っていくのを見ると、こいつなかなかやるな…って心の中で思ってました笑 

すみません半分愚痴みたいになっちゃいましたが、まあそんな人も当然いました。

 

全員を自分たちの思い通りに動かすことって無理だし、ついつい袋を断りたくなっちゃう仕掛けを作らない限り人の行動を変えることはできなかったです。

 

 

この2週間の間、使用量は確実に減りました。セルフを始める前は毎日平均で1,500枚ほど消費されてましたが、2週間の間1,000枚を切ることが度々ありました。数が減ったことは素直に嬉しいです。

今日で実験を終えましたが、来週からどうなるのか心配です。今まで通りに戻るし、多分使用量は増えると思うなあ…

理由は、レジで「袋いりません」と言うように促すことは今回の実験では出来ていないからです。セルフだから言う必要がなかったんですよね…

 

元のシステムに戻ると、袋いらないですと言わないと自動的に袋を渡されると思います。そうなると袋を断る人ってほんと少ないんだろうな…と感じてます。2週間セルフをやって意識が変わったって人がいてくれたらいいんですけどね。

私たちは、このまま終わりは嫌だよね、何かできることないかなってまだ考えてます。頑張ります。

 

 

今日長いようで短かった実験を終えて、思うことがたくさんあったのでブログにだらだら書きました。

プロジェクトリーダーが学生や先生、職員の方にインタビューをしてくれてたので、まだ書けていない内容は今度ブログにまとめようと思います。最終発表もまだ残ってるし。

プロジェクトのみんな、とりあえず2週間お疲れさまでした👏

 

 

 

以上です(*´-`)

 

 

 

 

 

 

 

やる気がある時とない時の差が激しい

どうも、コトミです。

約1ヶ月ぶりの更新ということで…

 

最近私は何をやってるか、頭の中を整理しようと思ってこのブログを書いてます。

 

今、私は2つのプロジェクトと1つの調査に取り組んでます。

一個ずつ説明すると、

①学チャレのプロジェクト(レジ袋について)

ホテルニューオータニ博多とのプロジェクト(ブライダルについて)

③マケリサっていう講義でのグループ調査

(野球の売り子さんについて)

 

こんな感じ。

12月(マケリサは1月?)の最終プレゼンまで取り組み続けていきます。

 

◆学チャレ

①の学チャレは、5月くらいからずっと取り組んでるやつ

学チャレ 発表!! - コトミのblog

↑このブログにも書いてるけど、学内でのレジ袋の消費量がすごく多いことと、レジ袋をもらってもすぐに捨てられてしまいゴミになっていることを課題としてあげています。

今月の初めに中間発表を行い、具体的な実施計画を先生方にプレゼンしました。

 

今は、レジ袋に印刷するデザインを決めたり、アンケート調査をしてエコバッグを作るかどうか、作るならどういうデザインでいくかを考えてます。

今週から始めたことは大学内の1つの売店でレジ袋が1日どれぐらい使用されたかを地道に数えることです。

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一昨日私の担当日だったので、1限の前にメンバーと2人で数えてきました。地道な作業なので大変だけど、めちゃくちゃ重要なデータなのでみんなで頑張ります笑

ちなみに10/9のデータでいうと、1つの売店で1日で1,730枚消費されてました。大学にはその他にも多くの売店があるので、福大全体で考えるとかなりの消費量になります。実際に数を数えてみてほんと恐ろしいなと思いました。

 

こんな感じでレジ袋は頑張ってます。

実験をはじめたらまたブログに書いていこうかなと思います。

 

 

◆ウェディング

②のニューオータニのブライダルについて考えるプロジェクトは、

SNSやWEBをホテル側がどのくらいのレベルで運用しているのかの調査、

それと合わせてユーザーは何を使って情報収集をするのか、SNSやWEBでは何を見てるのかを調査している段階です。

このプロジェクトはちょっとダラダラと進んでしまっていて、何を調査するのかを決めるのにめちゃくちゃ時間がかかってました。

 

先週、森田先生に私たちが出来ていないことをズバッと言われ、何かやってる風だけど実は何もやってないことを私自身ようやく理解できたような感じでした。

 

 

話し合いの結果、SNSやWEBについて調べるという流れになって、やっと1つ前に進めました。

今週私がやることは、インタビューをしてユーザーがSNSをどのように利用してるのか、あとはSNSで何を見るのかを聞くこと。

SNS上でユーザーが求めてる情報ってなんだろう」を追求、調査するためにインタビューをします。インタビューの自信はほぼゼロですが、今週早速インタビューしてきました。

 

まあインタビューをしてみて思ったのは、話しかける勇気だけはあるけど、話しかけた後グダグダになりがちだったってことです。

それと、SNSを情報収集のツールとして使っているというデータがあったので、私たちもそれ前提でインタビューをしようとしてたけど、意外とSNSを使ってない人も多くいて結婚式場の公式のインスタを知ってる人はほぼいませんでした。(既婚者の方でも髪型とかはインスタで見たけど、式場のアカウントがあることは知らないって言ってた)

 

 

SNSを普段から使ってる人は山ほどいるのに、結婚式の情報となるとゼクシィやWEBのランキング、グーグルの画像などSNSではないツールで調べているのは何故なんだろうと思った。ネットで調べる人はたくさん見つけたけどSNSを使いこなしてる人は少ないなという印象でした。

 

初日のインタビューはこんな感じでした。

 

 

◆マケリサ

昨日、「これから私たちはこういう調査をします!」っていうのをみんなにプレゼンをする時間がありました。広報の人、先生方、受講生以外の学生とか来てて緊張した。

 

私たちのグループは野球の試合などにいる売り子さんについて調査をしてます。

今の売り子は女性がほとんどだけど、今の時代必ずしも女性である必要はあるのか?という疑問を軸に自分たちが立てた仮説を調査していこうとしています。

 

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昨日は中間発表の段階だったので、まだまだツッコミどころ満載の内容かもしれないですがご了承ください笑

でも第三者に聞いてもらって、言語化が曖昧なところを指摘していただいたり、これから調査する上でのアドバイスをいただいたりして、私たちが気づいてなかったことが浮き彫りになってきました。めちゃくちゃいい意見をたくさんいただいたので、昨日の90分はほんとに有意義な時間だったなあと思います。

 

 

 

今やってることはこんな進み具合で私がやらなきゃいけないこと、これからやることをまとめてみました。

 

でも正直、夏休みはあんまりやる気なくて時々プロジェクトのことを思い出して「あれそろそろ進めないとやばいな〜」とか考えてたけど、私から何かやろうという気持ちはなくて。

 

 

でも、後期始まって講義を受けたり大学でいろんな人に出会ったりして、また私にやる気が戻ってきました。

このやる気をずっと保つのは難しいけど、必ず最後までやり遂げようと思います。

 

 

 

なんか、それぞれのプロジェクトのLINEを返していると時々頭の中がぐちゃぐちゃになるんです笑 

だから常に常に自分が今やってることを整理していこう!という気持ちです。

 

 

 

長くなりましたが以上です☺︎

 

 

 

 

 

いろんな働き方〜キャスター・須田さん〜

こんにちは。

夏休み楽しんでます。コトミです。

 

 

 8/27に株式会社キャスターの須田綾乃さんに福岡大学に来ていただきお話を聞いて、さらにディスカッションもしたので、そのことについてブログにまとめていきます。

 

caster.co.jp

 キャスターはオフィスを持たない完全リモートワークの会社。

須田さんはコミュニティマネージャーをしている方で、キャスターで1人目の会える社員なんだそう。

 

 

今回須田さんのお話を聞いていて印象的だったのは、「就活は自分を知るための時間だ」という言葉。就活セミナーとかでも聞く言葉だけど、自分がどういう環境で働きたいかや、内定もらえればどこでもいいやじゃなく自分がこだわりたいことを見つけることが、まだ自分は考え足りてないなと須田さんのお話を聞いて思った。

 

 

そして自分を知るためには、行動すること。

 

行動した結果自分の想定と違ったと思うこともあるけど、行動したことに対して自分が納得していればいいんだなと気づかされた。納得するためには行動の振り返りが必要だということ。このブログをかくことで振り返りになってるし、吸収したことを整理するのはやっぱり必要だよなと思った。

 

 

 

▷リモートワークについて話し合ってみた

いくつかのテーマでディスカッションをした。私はリモートワークをみんなどう思ってるのかなって気になったので、そのグループに混ざった。

なんで気になったかっていう理由が一応あるので書いときます。

今お世話になってるインターン先は社員が10人ほどのNPO法人なんですが、最初はみんなでオフィスに集まって仕事をしてたんです。でもしばらくしたら新入社員の方達が出勤しなくなって、いつのまにかリモートワークに切り替わってました。

代表に話を聞くと、「家でやれることをわざわざここ(オフィス)でする必要ないよね〜」って言ってて確かにって思った。インターンで仕事を近くで見てて、会社内でしなくちゃいけない仕事、家でも出来る仕事って分けることができるなあって気づいた。

だから、リモートワークをどう思ってるのかみんなの意見がすごく気になった。

 

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↑私たちが話し合った結果

 

リモートワークって新卒にはハードルが高いとかスキルが必要とか面白い意見がたくさん出てきた。でも状況によってリモートワークが選択できればいいよねって思った。

例えば体調不良、どうしても会社に出社できない場合、気分的に会社に行きたくないとか(笑)

キャスターさんのように完全リモートワークもアリだけど、オフィスも含めいろんな場所で仕事ができるような会社の理解があればいいのでは?って考えが出てきた。

それで、いろんな働き方が認められて共存していってほしいなあという結論になった。

リモートワークが一つの手段としていろんな会社で取り入れられればいいなあ、、というフワッとした願望。

 

 

 

またインターンの話に戻ります。

イベントの運営をしてる会社なんですけど、イベント前日はリモートワークしてる社員さんたちが全員オフィスに集まるんです。その時の雰囲気がなんかすごく和やかで、イベントの前日のオフィスが私は好き。

社員さんたちはオンライン上で常に一緒に仕事はしてるけど、離れて仕事してるから集まった時にすごく楽しそうに働いてるのがいいなあと思う。でも、毎日顔を合わせて仕事してた期間は全然雰囲気が違った。和やかというよりはお堅い感じ?伝わるかな笑

1週間に1回くらい集まって仕事をするっていうのがインターン先の社員さんたちにはとても合ってるんだろうなって見てて思う。

 

 

みんなが気持ちよく働くためには?とか

仕事を効率化するためには?とか

色々考えて、その時に応じて働き方が変化するって素敵だなあと思う。もちろんデメリットもあると思うけど。

 

 

須田さんのお話を聞いて自分に合う働き方とは、ということを深く考えることができました。ディスカッションも充実しててすごく楽しい時間でした。

須田さんありがとうございました!!

 

 

 

あと、須田さんがディスカッション中に話してくれたことでなるほどと思ったこと✏️

 

やりたくないこと、嫉妬することを知る

「嫉妬すること」は考えたことなかったなあ…

嫉妬するってことは自分が憧れてる部分でもあるのかな…?

嫉妬することを考えると、どんどん自分の内面が見えてきそうで怖い(笑)

でも面白そうだし書き出してみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

以上です(*´-`)

 

 

 

 

 

長崎大学に行ってきたー音楽ー

ただいま夏休みでございます。コトミです。

だいぶ時間が空いちゃったけど先月長崎大学に音楽を学びに行ってきたので、そのブログを書いていきます。遅くなってごめんなさい。

 

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その日はめちゃくちゃ土砂降りで、あんな土砂降りの中歩いたのは久々でした笑 

でもこの1日を通して、雨の音も音楽と捉えることができると知った。

 

 当日の話をする前に、音楽の事前課題としてマインドマップを作ったのでそれの紹介です。

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私がつくったマインドマップを見ると、エンターテインメントとして音楽を捉えていることがよくわかる。毎日何かしら音楽を聴いているから、私にとっては日常になくてはならないものだなと書きながら思ってた。だから、どうしても音楽と言われると曲や歌を思い浮かべてしまう。

 

 

この事前課題を踏まえたところで、当日の話をしていきます。

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今回の音楽の授業は長崎大学の西田治先生がしてくださいました。長い時間お世話になり本当にありがたかったです。また教育学部の学生さんも4人来ていただき、雨の中こんなに充実した時間を過ごせたのは長崎大学の方々のおかげでした!

 

 

さて、西田先生にまず言われたことは

★遊び心を大切に

★他者の表現を自分の表現と同じように大事にする

この2つ。

 

1.音遊びと即興演奏

ワークショップが始まり、いろんな音あそびからみんなでやっていった。

まずはみんなで円をつくってリズムに乗りながら隣の人と手をたたいたり、隣の人に物を渡していくっていう簡単なゲーム。

なんでもバスケットオーケストラっていう、小学生のころめっちゃやってたフルーツバスケットの楽器バージョン。

そしてドラムサークル🥁

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音の強弱をつけたり、何となく生まれたリズムに合わせていくと音楽してるなーって感じられて、音がピタッと止まったときはちょっと鳥肌が立つくらいすごかった。

あらゆる音を全身で楽しんでる感じが最高に楽しかった。

昔の話になりますが、小学生の頃音楽クラブに入ってて、先生がいない間好き勝手に楽器を弾いてみんなではしゃいでたのを思い出した。音程とか楽器の扱い方とかはガン無視。

大人になるにつれてそういう自由度って削ぎ落とされちゃって、上手にこなすことばかりに一生懸命になりがちですよね。昔の自分から学ばされることって案外多いな。

 

 

 

この音あそびの時間では、楽器から出る音、手拍子、足踏み、音の強弱、タイミングなどでリズムを奏でるというだけで、体も心もあったまるしワクワクすることを学んだ。

 

 

 

2.グループによる創作

グループで四種類のカードを使って自由にリズムをつくるワークをやった。

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他のチームのパフォーマンスを見たり物足りなさを感じて、もう少しここアクション入れてみようっていう流れになった。どんどん自分たちでいい形に仕上げていく時間が面白かった。

 

西田先生が用意してくださった文献にも書いてあったことですが、「音楽ってどうやってやるの」という一つの答えは楽になること・アホになることだそう。

自分たちで思考錯誤して考えてるパフォーマンスを考えてるときや夢中になっているときって、はたから見たらアホな集団だったんだろうなーと思う笑

でもアホになるって、「よしっアホになるぞ!」って感じで意識するとだめだと思った。意識すると「こうしなきゃ、こうやらなくちゃ」っていう変な決まりを自分で作ってしまうから。自然とアホになれる、そういう雰囲気が必要なのかなと思った。

 

 

3.サイレンスと即興演奏

ここで学んだのはサウンドスケープとunlearn。

 

外を歩いてみて、風の音、雨の音、木の揺れる音などその空間を彩ってる音に耳をすませてみた。そして、目を瞑って歩いたりもした。

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こんなに耳に集中して外を歩いたことはなかった。視覚を奪われると、聴覚をものすごく頼りにしてた。だから、枯葉を踏む音にびっくりしたり、目を瞑ったまま急に話しかけられるとビクッとしたり!

枯葉を踏む音なんて今まで気にしたことなかったけど、その音にびっくりしてる自分に驚いた。

 

 

そして今回unlearnという言葉を学んだ。

unlearnは「まなびほぐす」こと。

型にとらわれない。決まりはない。

今回西田先生が考えてくれたプログラムによって、私たちはunlearnができたと思う。

音楽って割と派手なイメージが私の中にあって、、

それはまあ吹奏楽部での経験とか、アーティストのライブに行ったりと華やかな音楽に触れる機会が多かったからかもしれないけど。

音楽=人を魅了するもの

のイメージが強かった。

 

 

今回の音楽の時間を通して、魅了するものってのも間違っていないけど、それだけじゃなくて静寂や自然の中にある小さな音、手拍子などから生まれるリズム、全てを音楽と捉えていいんだと教わった。

 

 

だから今までの抱いていたイメージを取っ払うというよりは、まだ気づいてない音楽の面白さに気付かされた時間だったなって思った。音楽の幅がこんなにも広いことを知らなかった。これから"音楽とは"と問われた時は、もっと自由な回答を私たちはすることができる気がする。

 


西田先生のおかげで音楽という概念を一度開いて揺さぶって、「音楽」について考え直すことができてよかった。

 


西田先生、一緒に活動してくれた長崎大学の学生のみなさん、長い時間お世話になりました。ありがとうございました!!

 

 

 

 

〜哲学、旅、文学、音楽のまとめ〜

私が前期を通しての教養祭りを終えて、今思うことは全て「まなびほぐし」の時間だったなということ。

20年生きてきて色んな経験から学び、蓄積されてきた知識や情報。この教養祭りは、その今までの経験とか知識を一旦分解して新しい学びを得る時間だった。

 


自分の考えを揺さぶって、また誰かによって揺さぶられて、真剣に考えていくことの面白さを知った。

 

 

 

教養楽しかったです。森田先生にも感謝。

後期のゼミも楽しみ。

 

 

 

よし、今日も一日楽しむぞ〜〜

以上です!

 

 

 

 

 

 

 

7/5 ゼミ〜文学②〜

どうも。コトミです。

 

文学の2回目のということで、前回の課題についてグループワークをしました。

《課題》

「クローン人間を作り出すことの是非」

「自己肯定感はどのようにすれば得られるのか」

 

まずはクローン人間の話から。

まずは自分の意見を箇条書きでまとめた。

私の考え↓

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反対の意見がほとんどで、賛成の意見は下の2つだけ。賛成はあんまり思いつかなくて全然書けなかった。

 

この自分たちの意見をペアで共有して、賛成か反対か、客観的か主観的かっていう4つのグループに分けてみた。

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この分布で自分の意見の偏りがすごくわかる。

私(川口)は主観的な意見がほとんどで、ペア(吉田)は私とは逆で客観的の方が多くなってた。

客観的賛成が一個も出ないのは驚いた。

 

他の人の意見を聞いて、なるほどなあーって思ったのは、

「人口増加→少子化対策

「AIと同じように人類の進歩につながる」

の2つ。

 

その他みんなで共有したやつも載せとく↓

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人口のことはペアの子も言ってて、社会問題と擦り合わせて考えるとクローン人間も否定できないなって思った。

クローン人間っていう新しい命が生まれて、人口増加に繋がるのならば日本は少子化に悩まされずに済むのかもしれない。

 

あーそういう見方もあるのかって思った。自分は人口のこととか全く考えてなかったから、一歩引いた視点から見てクローン人間が増えた時の状況も考えるのも面白い。

 

 

もう一個の「人類の進化」については、私が否定的な意見ばっかり持ってたので、新しいものを受け入れることも必要なのかもなと考えさせられた。

それと、クローン人間がどうこうじゃなくて、結局は私たち人間次第って可能性もある。差別するも受け入れるも人間次第って思えてきません?

受け入れた先に人類の進化があるならちょっとその世界も見てみたいなという好奇心がある。

 

 

最初は嫌だなーと思って否定ばっかりだったけど、賛成の立場にあえて立ってみると否定してた時には見えてこなかった新たな可能性に気づけた。それで、negative capabilityが少しわかったように思えた。

つまり、クローン人間はダメだっていう結論を早まらないで「わからない」の状態のまま思考を止めておくと、賛成の意見を受け入れやすくなって賛成の立場でも考えられるようになった。

クローン人間、難しいけどすごく面白いテーマでした!

 

 

 

次は自己肯定感の話。

私は、自己肯定感を感じられるときは、褒められた時や頼られた時かなと思った。

つまり他人が関係してる。

 

みんなの考えはこちら↓

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意見を共有してて面白かったのが、自分次第か他人次第かって話が分かれていったところ。

三者は関係なくて、全ては自分次第。自分がどう思うかが関係してくるのかな、という意見と、

身近な人からの評価や、人との関わりなどが自己肯定感に関係してるのかなっていう意見。

 

 

私自身は自己肯定感には自分以外の他人が関係してるように思えた。私は他の人からの評価を結構大事にして生きてる方だと思う。「あの時〇〇さんに褒められたの嬉しかったなあ」とか。それは今でも自分の自信に繋がってるし。

 

 

あれ、でも他人に言われたことを自分がどう受け止めるかは関係してくるよなあ、、

結局自分次第なのかな?わけわからんくなってきた。

 

 

今は自己肯定感が薄い時代で、自信がない人が多いって石川先生が言ってた。

ここで出てくるのがインスタ。

インスタで自己肯定感は得られるのか問題。

 

 

いま社会学の講義受けてて、この間それっぽい話が出てきたから書いとこうかな。

 私たちってLINEとかTwitterとかいろんなSNSを通じて中身が全くない話をすることがあるけど、それは私と誰かがつながっていることの絶えざる確認をしているということらしい。

つまり情報く伝達

 情報を伝えるということよりも伝達することのほうが現代において重要視されている。

人は一度誰かとコミュニケーションをとってつながると、それを維持するためのメンテナンスを無意識のうちにしているらしい。

 

インスタもそのメンテナンスとして使われている場合があるんじゃないかなって思った。(いろんな使われ方をしているから、すべてがメンテナンスのためとは言えないけど)

 

 例えば、友達・彼氏・彼女・家族の写真をアップした場合、自分がその人とつながっていることの確認・証明になる。そして、その写真を第三者に見られることによってより強いつながりが自分たちの中に生まれる。

 

だから、インスタをする理由ってより多くのいいねがほしいというよりは、プライベートな写真をあえてみんなに見てもらうことで自分たちのつながりを確かなものにしたいっていう心理があるんじゃないかな~って社会学の話を聞いてて思った。

インスタやってない奴が何言ってんだって話だけど。笑 

 

 誰かとのつながりが強まれば強まるほど、自己肯定感も高まってくるともいえるんじゃないなあ、、????

 

 

 

 

 

まとまりが悪いですがこの辺で終わります。

 

 以上です(*´-`)

 

 

 

 

6/28 ゼミ~文学①の続き~

こんにちは。コトミです!

①の続きです。

②はまた次のブログに書きます。

 

前回のブログでは、課題についてだけを書いたので、今回は講義の内容とかフランケンシュタインを読んだ感想とかを書こうと思います。

 

 

英文学を読む

石川先生が「英文学を読む」という内容で講義をしてくださいました。

 

フランケンシュタインを読むところから始まったのですが、まあ内容を理解するのが難しく感じで、1回読むだけでかなり時間を使っちゃいました。英文学ちょっと苦手です。カタカナが多い。

 

まず、この本読んでてびっくりしたのが、フランケンシュタインって怪物の名前じゃなかったってこと。

怪物=フランケンシュタイン

だと思ってたから、読んでて「ん?????」ってなってまた最初から読み直すっていう(笑) 理解するのめっちゃ難しいな~って、もう読めない、、、

 

 

 

って思ってました。

しかし!!石川先生のお話を聞いて、もう一回読みたい…!って思いました。

フランケンシュタイン』めちゃくちゃ面白い、奥深い物語ということがよーくわかりました

 

 

1回読むのに何週間もかけて「もう読めない…」とか思ってた私が、もう一回読みたい!って180度態度が変わった理由を書いていこうと思います!

 

石川先生のお話

★文学とは?

フィクション・ノンフィクション問わず、自分ではない誰かになりきることが可能なエンターテインメントの一種。登場人物の人生や感情を楽しむ。

文学には、純文学、脚本、歌詞なども含まれる。文学のイメージって堅苦しくて難しそうって思いがちだけど、歌詞って聞くとすごく身近でとっつきにくさは全然ないなと思える。

 

そして、誰かになりきるってのが文学の面白いところで、ワクワクやドキドキという感情を文字によって私たちは味わえる。

 

 

私たちが本を読んだときって、

たぶん〜と思った、なんとなく〜だと思う、絶対〜だと思う!っていう感想を持ちがちだけど、なんでこう思ったのかを突き詰めていくと「なぜ?」の連続が続く。

 

でも結局は「わからない」ってなることもある。

この答えが出ない(わからない)状態を敢えて放置する姿勢を"negative capability"という。

 

 

でも今の時代何でもかんでも答えが用意されていて、例えばテレビでいうとバラエティのテロップは良いタイミングで言葉(文字)を意図的に出すことで、私たちの視覚を利用して笑いを誘ってると言えるのです。

 

「人の感情が言葉によって制御される」って石川先生は仰ってた。恐ろしいですよね。

 

 

そこで考えたいのが、先ほどの"negative capability"。

敢えて答えを出さないことで、他者の意見を全て受け入れることができる。受容の幅が広がる。

 

 

以前、哲学的対話の時にも"negative capability"という言葉が出てきた。話し合いのとき、結論を急がないって。

哲学の担当をしてくださった須長先生は結論を出さないという安全な殻に閉じこもらない、「思考のアレ化」は避けようとおっしゃってた。

"大事なのは「答えのない問い」に答えを出さずに問い続けることではない"。

ということは、今回の文学で言えば「わからない」も1つの答えとして扱っていいよ、ってことかな。

 

 

あーでも、もう一回須長先生のお話聞きたくなったなあ。まだ自分自身理解できてない部分が見えてきた気がする。

 

利己主義の話が文学の2回目で話題に上がってたし、哲学のブログも読み返しておこう。

 

 

 

フランケンシュタインを読んでの感想

《私》

・怪物がだんだん怖く恐ろしい存在になって悲しくなった

フランケンシュタインが怪物を作らなければよかったのに…とばかり思ってしまった

・めっちゃ人死ぬ

・怪物が恐ろしい存在になってしまったのは容姿だけが原因なのか不思議に思った

→容姿がまともだったら怪物の存在は受け入れられたのか??

・誰も責めることができないように思えて辛かった

 

《ゼミ生》

フランケンシュタイン≠怪物

・ヴィクターへのイライラ

・ヴィクターの自己中心さ

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ヴィクターと怪物の関係性は主に3つ。

1.創造主と被創造主

2.親と子

3.神と人間

興味深いですね。3番目とか特に。

1と2の視点は、読みながら自分でも考えられたけど3の関係性にはなかなか気づけないです。

「怪物は人間の成長過程を表す」と石川先生がおっしゃってた。

はぁーそうか!!石川先生は興味深い言葉をいっぱい教えてくれるなあ。最初読むのしんどかったのに、どんどんもう一回読みたいって気持ちが強くなって文学おもしろっ!って思った。

 

早速、神と人間っていう関係性を頭に入れてもう一回読み始めました!

 

 

以上です☺︎

 

 

 

6/28 ゼミ〜文学①〜

こんにちは!コトミです!

 

先週のゼミからテーマが「文学」に変わりました!

文学の担当をしてくださる教育開発支援機構共通教育研究センターの石川先生より「英文学を読む」という内容で講義をしていただきました。

 

講義の内容がすごく面白くて、もう一回フランケンシュタインを読みたい!って思えたので、そのことについてもブログに残したいんですがもう少し整理して考えたいので、前回のゼミで出された課題の方を先にブログに書いていきたいと思います!

 

事前課題はメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』を3回読んでこよう、でした。

読んだ感想とかはまた別のブログにまとめます。

 

 

課題その1

【人間(クローン人間)を作り出すことの是非】

まずは用語の確認から。

 

★クローン人間とは?

もとの人間と同一の遺伝子をもって誕生させた人間

クローン人間の作製には、女性の卵子から核を取り除き、そこに別の人間の体細胞から取り出した核を移植してクローン胚をつくる方法がある。このようにしてできたクローン胚は、女性の子宮に戻して着床させると、成長してクローン人間になる。

通常の生殖は、父親の遺伝子をもった精子と母親の遺伝子をもった卵子が結合する有性生殖だ。この場合、受精卵には父親と母親の遺伝情報が含まれている。しかし、無性生殖によって生まれるクローン人間は、核を提供した人間とまったく同じ遺伝子をもつので、もとの人間のコピーに等しい。

(Weblio辞書より)

 

この課題を考える時、2年ゼミのラストでやった「愛について」を思い出しました。

自分の愛する人を魔女が殺して、その魔女が魔法でその人のコピーを作りだしたら、あなたは愛する人の死を悲しみますか?っていう。

 


その時のブログ読み返してみると、コピーを用意されたとしても悲しむって書いてた。

今でもその考えは変わってないかなって思った。コピーはコピーだもんね。本物じゃない。

 

 

 

だからクローン人間をつくるのは反対かなあ。

もし自分のコピーが作れたとしたら、そりゃ何かと便利かもしれない。忙しい時とか自分がもう1人いたらなあって思うこともあるし。私が死にそうな状態のときは、輸血とか臓器提供で私を助けてくれる存在になるかも?とかも考えられる。

 


でも、やっぱり自分っていう存在は唯一無二だから、もう1人自分がいるとしたら本当の自分の存在価値が薄まっちゃう気がして嫌だなあと。

容姿は同じでも、コピーの方が全体的に出来が良かったら私は見捨てられるかもしれないとか考えちゃう。


逆にコピーの方が存在価値とか権利がなくなる場合もある気がする。コピーだから、本物の代替品としてしか見てもらえなくてコピーに人権がなくなっちゃうパターンもあると思う。

 

 

さっき書いた魔女の話は、魔女に作られたコピーは「死んだ人の存在」としてしか生きていけない。てことはコピー自身の意思は完全無視されてしまう可能性がある。「死んだあの人だったらこうしてたはず」とかいう縛りがどんどん追加されてコピーは意思を持っちゃいけないのか、という問題が出てくる。

 

 

 

クローン人間を否定したい理由がもう1つ!

フランケンシュタインが作り出した怪物がどんどん知性や意思を持ち始めたのと同じように、クローン人間も少し道を間違えれば恐ろしい存在になり得るってこと。

自分と同じ姿で、色々好き放題やられたら最悪です。

 


こんな感じの理由から、クローン人間にはあんまり賛成できないです。

 

 


課題その2

【自己肯定感はどうすれば実感できるのか】


・頼られる

シンプルに頼られると嬉しいですね。

頼られると「私がしっかりしなきゃ」って思えるので意欲的になれる。

この間、バイト先の後輩を少しフォローしたときに

「ありがとうございます。今日シフト一緒で良かったです。」

って言われてものすごく嬉しかった。大したことはしてないけど、私でも役に立ってるんだ、もっと頑張ろうって思えたので自己肯定感が高まった瞬間かもしれない。

 


・共感してもらえる

頼られるのも嬉しいけど、こっちの方が自分のこと認めてもらえてるような気がして嬉しいかも。

本当に共感した時って、自分の熱度も相手の熱度も上がってすごく盛り上がる。

相手からの共感の度合いが大きいほど、自分の発言も多くなるし「これでいいんだ」って思える。


共感してもらうにはまず自分がどれだけの知識を持ってるかが重要になってくる。だから共感されればされるほどもっと知識を蓄えたいと思うし、話を聞いてくれる相手が増えるとその分また自分のテンションも上がってくる。

 

 

 


自己肯定感とか普段考えないから、自分がポジティブになれる瞬間を考えてみたけど、インスタとかはどんな感じなんかなー。

石川先生もちょっと言ってたけど、インスタのいいねの数って自己肯定感に繋がってるんかな?

私がインスタやってないからわからないんやけど、実際どうなのかは知りたい。いいねの総数じゃなくて、特定の誰かにいいねされると嬉しい、とかありそうだもんな。

 

 


この2つの課題は色々考えが膨らんでいって面白かったから、みんなの考えを聞くのが楽しみ。

 

 

 

 

以上です(*´-`)